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「ネット依存症」という神話

 ネット依存という言葉は、そもそもが心理学者によって定義されている言葉でないためか、その定義は年々軽々しいものとなっております。

 

 マスメディアは唱えます。「若者のネット依存症が増加している」と。

 しかし、その根拠となっている統計データ等を確認してみると、ただ「一日のネット利用時間が数時間程度の人」が増えているだけだったりします。

 いやいやそれって別に依存症ってほどではなくねー?

 

 これが、『寝る間も惜しんで学校も仕事も行かずに一週間連続でネットをしている人が増えてる』ということなら、上記のような報道も理解できます。

 しかし、そのような統計データは、未だかつて見たことがありません。

 

 インターネット産業は現在成長中の分野であるため、年々人々の利用時間が増加しているのは当然です。

 それはけして心の病などではなく、単純に社会のインフラがインターネットを中心に移行しているため、それに伴い人々がインターネットに接する機会が増えたというだけの話です。

 中毒も依存症も関係ありません。

 

 中毒も依存症も関係ありません。

 大事なことなので二度言いました。

 

 類似する言葉として「スマフォ依存」「ケータイ依存」という言葉もありますね。

 こちらも同様に、非常に定義が軽々しい言葉です。

 たかだか電車の待ち時間にパズドラやってる程度のことを「依存」と定義し、問題提起する方々が多々見受けられます。

 

 それが依存だというのであれば、電車で読書する人は読書依存ですか、電車で寝る人は睡眠依存ですか、ていうか電車乗ること自体が電車依存ですか、もう何でも言えちゃいますがなぁ。

 

 兎にも角にも私が言いたいことは

 「依存っていうのは、そんな軽々しいことじゃないだろ?」

 ってことです。