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何かを説明することが苦手だ

 私は何かを説明することが苦手だ。

 どうも昔からそうだった。

 

 その昔、小説を書いていたときも三人称視点での「情景描写」が全く出来なかった。

 登場人物の姿形を説明すること、登場人物の行動を伝えること、その場の景色を描写すること、そういうのが本当に下手だった。

 何故かダメなのだ。

 うまく説明できないのだ。

 

 しかし一人称視点での心情描写は、それなりに得意だったように思う。

 登場人物が内心で思っていることをつらつらと書き連ねるような文章なら、まるで指が止まることなく、いつまでも書くことが出来た。

 

 この傾向は現在のブログにおいても同じものを感じている。

 今迄このブログでは、自分にどういう適正があるのかよくわかっていなかったので、とりあえず思いつくことから片っ端に書いていた。

 

 で、ある日気付いた。

 私は説明系の記事が苦手だと。

 

 これまでに書いた幾つかの説明系記事(具体的にはボードゲーム紹介や、好きなアニメやマンガ紹介の記事)は、今読んでも本当に下手クソで、恥ずかしい思いに駆られる。

 

 だが、自分でもどうして良いかわからないのだ。

 その作品のどこがどう魅力なのか、どういう特徴があるのか、書かなければいけないことはわかっている。

 でもそれをいざ文章にしようとすると、うまくまとめることが出来ないのだ。

 それでも無理矢理がんばって、幾つかの記事は公開してみたものの、多分私が伝えたかったことの一割も伝えきれていなかったと思う。

 実際、そういう記事はどれだけ書いてもまるで反応を貰えなかった。

 

 あと、ライフハック系の記事に挑戦しようと思ったこともあった。

 もっとダメだった。

 もう自分でも書いてて全く意味がわからない、わけがわからない、ポンコツ記事しか書けなかった。

 今、たまたまライフハック系の記事を書いてる他人のブログを見て、どうしてこんな風にうまく情報を整理出来るのかとジェラシーを感じた。

 

 

 

 思うに私は

 必要な情報を取捨選択して、それを体裁良く奇麗にまとめる

 ということが苦手なのだと思う。

 

 会社員時代も、パワーポイントで企画書をまとめたりするのが、凄く苦手だった。

 いや苦手なんてもんじゃない。

 料理で例えるなら、白米にマヨネーズをかけただけのようなレベルのものしか作れなかった。

 この私のダメさを説明すること自体が既に、私にとっては難しい説明なのだが、とにかく根本的な才能の無さを感じた。

 

 一人称の語り口調で企画書を作って良いなら、素晴らしいものが書けたような気がする。

 だが残念ながら、私の所属していた会社はそのようなフリーダムな気風には溢れていなかった。

 

 ちなみに世の中には、私とは逆のタイプの人間もいるようだ。

 企画書などを書くのは素晴らしく上手なのに、プライベートで自分の感情や思いを伝える場面になると、途端にうまく言葉が出なくなってしまう人。

 そういう人を今迄何人か見たことがある。

 そういう人はそういう人で、きっと私には想像のできない種類の苦しみがあるのだろう。

 

図解 大人の「説明力!」

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わかりやすく〈伝える〉技術 (講談社現代新書)

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 こういう違いは、一体人間の脳のどこに由来しているものなのだろうか。

 私も努力を続ければ、いつかは三人称的な文章も書けるようになるのだろうか。

 人間の脳は不思議だなぁ。

 人によってこんなにも千差万別だなんて。

 人間は不思議だなぁ。

 

 今これを書きながらそんなことを思った。

 いや、とくに落ちはない。

 ふと思ったことをダラダラと更新してみただけなのです。

 いつでもオチがあると思ったら大間違いなのです。

 

 というわけで、だいたい言いたいことも言い切ったので、そろそろ近所の小学校に侵入してブルマーをかぶってきます。