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「生きる意味」は愚者の迷いか賢者の思案か

 僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、

 それが全然わからないのです。

 太宰治

 

 

 その昔、寄生獣というマンガがありました。

 作中に登場する寄生生物達には、以下のような特徴がありました。

 

  1. 寄生生物達には、繁殖能力が無い。
  2. 寄生生物達は、「人間を(正確には脳を奪った生物と同種の生物を)食い殺せ」という本能が備わっている。

 

 多くの寄生生物達は、2の本能的欲求に従い、

 ただただ人間を食い殺し続けて来ました。

 それだけでした。

 それが彼らの全てでした。

 

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http://koulin627.blog.fc2.com/blog-entry-93.htmlより

 

 ……しかし一人だけ、そんな自分達に疑問を感じた者がいました。

 「私達は何のために生まれてきたのだろう?」

 脳を奪った人間の戸籍をそのまま流用し、田村玲子と名乗り生きていたその寄生生物は、いつしかそんな根源的な問いを抱くようになりました。

 

 「わたしたちはいったい何なの?

 繁殖能力もなくて、ただとも食いみたいなことをくり返す…

 こんな生物ってある?」

  

 そんな彼女が、死の間際に語った最後の言葉が、以下のようなものでした。

 

 「ずうっと、考えていた。

 私はなんのためこの世に生まれてきたのかと。

 一つの疑問が解けるとまた一つの疑問がわいてくる。

 始まりを求め、終わりを求め。

 考えながら。

 ずっと歩いていた。

 どこまで行っても同じかもしれない。

 歩くのをやめてみるならそれもいい。

 全ての終わりが告げられても「あぁ、そうか」と思うだけだ。

 しかし、それでも今日また一つ、疑問の答えが出た」

 田村玲子「寄生獣」より

 

 http://tsunepi.hatenablog.com/entry/20130612/1371046726

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 十年前、この言葉を見たとき、私は心が震えた。

 多分、共感したのだと思う。

 

 そうなんだよ。

 例え答えが出たとしても、「あぁ、そうか」と思うだけなんだよ。

 それだけなんだよ。

 

 それでも、その「あぁ、そうか」を感じたいがために、人は皆『考える』んだよ。

 答えを知りたいんだよ。

 自分が何故生まれて来たのか。

 生きる意味とは何なのか。

 

 答えの無い問いであることはわかっている。

 それでも私は、その問いを思案している間、とても楽しかった。

 一つの疑問が解けると、また新しい疑問がわいてくる。

 それらの疑問を一つずつ自分に問いかけ、答えを見出していくごとに、心のどこかが強く満たされるのを感じた。

 充実した。

 だから、考えることを止めれなかった。

 

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 しかし今の私は

 以前ほどそういうことを考えなくなった。

 いつしか、以下のような結論に辿り着いたからだ。

 

 生きる意味などありません。

 人間はたまたま生まれてしまって、たまたま死にたくないという本能が備わっていたから生きている。

 それだけなのです。

 そもそも生きる意味ってそんなに必要ですか?

 生きる意味が欲しい人は、生きるのが辛いからそこに意味が欲しいだけです。生きるのが辛いから、ありもしない意味を求めてさまよってるのです。

 生きてることが楽しければ、別にそんなもん全然いらない。

 by私が昔のブログに書いた一文

 

誰でも一度くらいは「なぜ生きているのだろうか」と考えたことがあることでしょう。

そういう考えが浮かぶときは、決まって心が苦しいときです。

失敗・挫折・絶望・悲哀・孤独などの感情に支配されると、「生きている意味」がわからなくなってしまうのです。

「生きている」ことに意味を求めようとすると、大体がその意味を見つけられず、負の感情を強めてしまいます。

その結果、「自分の存在が無くてもいいんじゃないか」と考えてしまう人も出てきてしまうのです。

人生はとてもシンプルです。

「生きていく」ことに、理由なんて必要ありません。

理由がない以上、どれだけ答えを探したとしても見つかるはずがないのです。

〜 中略 〜

あなたが探すべきものは「生きる意味」ではなく、「生きがい」だということに気がつくべきです。

 生きる意味 | 名言・格言 〜言葉のチカラ〜より

 

 そう、生きる意味なんて、ありはしないんだ。

 生きる意味が欲しくなるのは、いまの自分の人生が辛いからなんだ。

 それだけなんだ。

 

 と、少なくとも「理性的な私」は、

 今はそう考えるようになった。

 

 だから「生きる意味」なんて、別にそこまで欲しいとは思わなくなった。

 

 

 しかし、何故か未だに

 この歌詞には心を打たれてしまう自分がいる。

 

 何のために生まれて、何をして生きるのか

 答えられないなんて、そんなのは嫌だ

 「アンパンマンのマーチ」より

 

何のために生まれてきたの?

何のために生まれてきたの?

 

 

 何故なんだろう?

 少なくとも理屈の上では、生きる意味を模索することの無意味さを理解しているはずなのに。

 それでも何故か、アンパンマンのマーチを聞く度に心が震えている自分がいるのだ。

 こんな子供向けアニメだぞ?

 それのただの主題歌だぞ?

 それがどうしてこんなにも私の心を打つんだ?

 

 理屈でわかっていても、心が追いついていないだけか?

 自分で気付いていないだけで、私はまだどこかで生きることが苦しいのか?

 辛いのか?

 

 ……それとも、「そんなもの無い」という結論自体が、実は間違っているのか?

 本当はどこかあるのか?

 「生きる意味」の答えが?

 

 その言葉こそ、人類の墓標に刻まれるべき一言です。

 神様、よくわかりませんでした…ってね。 

 森博嗣「有限と微小のパン」より

 

 私はそれが、時たまよくわからなくなる時があるよ。

 「どちらなんだろう?」ってね。

 いつの日か、答えが出るのかなぁ。

 出ると良いなぁ。