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平等とは何だろう?

 平等という言葉を我々はとくに深い考えもなく使っている。

 だがよくよく考えてみると、その定義はけっこう曖昧だなと気付く。

 例えばこんな言葉がある。

 

 平等な社会って奴は…、僕から言わせれば、怪しいものでね。

 一言で言えば平等でも、実際は差がある。

 機会が平等なのか、それとも待遇が平等なのかで、ヒドイ違いがある。

 機会が平等な社会では、僕は、みんなと一緒になにか出来る。

 ただし、その分、苦労する。

 機会…チャンスはチャンスでしかない。

 この足でチャンスが平等っていわれても、困る…。

 その前に学校全部をバリアフリーにしてくれ、だ。

 待遇が平等なら、みんな僕にあわせざるをえなくなる。

 …僕の足を直せない以上は。君は僕と同じになってくれる?

 みんな、僕にあわせて足を使ったら禁止…、愉快な話だね。みんな納得するかな?

 機会が平等でも、待遇が平等でも結局はどうしようもなく、

 平等でない人間が出る。

 真に平等な世界は生まれる訳がない…。

 それなのに、なんでみんな、何を馬鹿なことをしているんだろうねぇ。

 …他人事ながら、哀れみを感じるよ。 

 狩谷夏樹「ガンパレードマーチ」より

 

 こちらはゲームのキャラクターのセリフだが、なかなか深く考えさせてくれるものがある。

 そう、一口に平等と言っても、二種類あるのだ。

 

  1. 機会の平等
  2. 待遇の平等

 

 このどちらに重点を置くかで、同じ平等でも、実際は大きく違うものになってしまうのだ。

 

 近年、男女の不平等問題がよく話題にあがる。

 だが世の中には、「女性は男性よりも格下に扱われている」と感じる人達と、「むしろ女性の方が優遇されている」と感じる人達の二種類が存在する。

 このような意識差が生まれてしまうのも、「平等の定義」がはっきりとしていないためではないだろうか。

 なにをもって「平等」とするかが、それぞれの頭の中で違うのに、口から出る言葉だけは同じ「平等」なので、そこで話がすれ違ったまま議論をしているのではないだろうか。

 

 

 平等に関する名言と言えば

 かの有名なアインシュタイン先生はこんなふうにおっしゃられている。

 

 人は皆平等ではない。

 公平ではない。

 人それぞれの道があるから。

 そこで優劣が生まれ、葛藤が生まれる。 

 アルバート・アインシュタイン

 

 なるほど。

 こちらも確かにおっしゃる通りだ。

 全ての人が完全に平等な環境を用意され、見た目も全て同じで差がなかったら、人はあらゆる不満から解放されるだろう。

 だがそれは、本当に素敵なことなのだろうか?

 

 ……それは長い目でみれば、あらゆる進歩を生み出す原動力を失ってしまうことに繋がり、けして良いことではないのかもしれない。

 

 ただ、だからといって、世の中の様々な不平等をそのまま見過ごして良いのか? と言われると、それもまた難しい。

 それがアリなら、『貴族政治の時代にでも戻りますか?』という話になるからだ。

 

平等の哲学―新しい福祉思想の扉をひらく

平等の哲学―新しい福祉思想の扉をひらく

 

 

 というわけで、

 平等とはそう単純な話ではないという話を二つ紹介してみた。

 

 平等に関して議論する際には、

  1. 『何に対して』
  2. 『どの程度求める』

 のが、最適なのかということを、具体的な事例まで含めて考えられるようになることが重要なのだと思う。

 みんながそこまで踏み込んで考えられるようになれば、この議論はもう少し発展するだろう。

 

 逆に言えば、そこまで踏み込んでいないからこそ、現代社会における平等に関する議論は、いつもどこかすれ違いで、平行線を辿ったままなのだ。