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「親になるべきじゃない人間」「親としての資質・資格の無い人間」

 ふと、嫌な話を思い出した。

 もう何年も前に、知り合いにAちゃんというJKがいた。

 

 その子はロック系やらパンク系の服が大好きだった。

 しかし彼女の母親は、そういう服は「はしたない」「恥ずかしい」と言って嫌っていた。

 

 ……そしてある日その母は、Aちゃんの目の前で、彼女の持ってたそういうジャンルの服を全て、ハサミでビリビリに切り裂いたんだそうだ。

 

 なんだよそれ?

 なんなんだよそれ?

 

 子供がバイト代貯めて買い貯めた服を、ハサミで切り裂くってなんだよ?

 それが親のすることかよ?

 いや、親とかなんとかって以前に、人間のすることかよ?

 

 信じられない。

 また、そんなことがまかり通るこの世の中にも意味がわからない。

 こういう親がいたという話を聞いたところで、どうせ世の中のほとんどの人は「それは厳し過ぎるね」「そこまでしなくてもいいのにね」と思うだけなんだろう?

 

 なんでそれだけで済むんだよ?

 僕にはこれは、もっと司法や警察が介入しても良いくらいの犯罪的な案件に聞こえるよ。

 

 服装なんざ個人の自由だろ。

 それに対してギャースカ言うだけでもおかしいと思うのに、それをハサミで切り裂いて強制的に着させないようにするなんざ、しつけや教育の範疇を遥かに超えている。

 

 これはもう、ただの暴力だ。

 家族だろうがなんだろうが、他人の所有物を勝手に破壊したなら、それは立派な犯罪だ。

 もっと司法や警察が介入して良いレベルの事象だ。

 

 これだけ身勝手な振る舞いでも、「教育」という名目がつくと、途端にみんな問題として意識しなくなる。

 僕は世の中のそんなところが、いつも疑問だった。

 大人になった今、改めて考えてみると、やっぱり疑問だった。

 

 なんでだよ?

 なんでそうなるんだよ?

 どうして誰も怒りが込み上げてこない?

 どうして誰もこの異常性に嫌悪感を抱かない?

 あぁ、イライラする。

 そう思った。

 

 

 …もう何年も前に読んだ大昔の本だが、「魂の殺人」という書籍がある。

 

魂の殺人―親は子どもに何をしたか

魂の殺人―親は子どもに何をしたか

 
魂の殺人 新装版

魂の殺人 新装版

 

 

 この書籍のなかで、「闇教育」という単語が出てくる。

 

 http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/KO/0015/KO00150L001.pdf

 子どもたちは教育あるいは躾という名のもとに心的外傷を受けている。この外傷体験にともなう怒り,絶望,悲しみなどの感情は,親が子を愛しているからそうするのだ,親は絶対正しいのだ,親に逆らってはいけないという教育的,社会的規範によって,否認され無意識下に抑圧される。ミラー(1980)はこれを闇教育と呼んだ。

 

 闇の教育。

 まさにピッタリな言葉だと思う。

 

 現代の「教育」は、無法地帯だ。

 これでも100年前に比べればまだマシになったんだろうとは思うけれども、それでも未だに「子供の服を切り裂くような親」や、鬼から電話みたいなアプリで「子供を脅す親」は絶えない。

 

 「鬼から電話」という児童虐待アプリについて - 大彗星ショッカーのヒマつぶし2

 児童虐待の動画をyoutubeにあげる人達 - 大彗星ショッカーのヒマつぶし2

 

 現代の教育は、あまりに法整備がなされていないと思う。

 もちろん大多数の人はそんな中でもしっかりと親をしているんだろうさ。

 それはわかるさ。

 でも誰もがそうとは言えないのが現実だ。

 

 どんなに完璧な社会を構築しようとしても、どうしたって一定数は、犯罪者が生まれてしまう。

 それと同じで、どうしたって一定数は「親になるべきじゃない人間」「親としての資質・資格の無い人間」ってのが出てくる。

 悲しいけど、それが現実だ。

 

 で、そういう親が出て来たときに、それを抑止する方法・制度が存在しないことは、やはり良くないと思うんだよ。

 だから僕は、教育やしつけはもっと法整備されるべきだと思うし、司法や警察が介入すべきだと思うんだよ。

 

 少なくとも、「教育は人それぞれ」なんて言葉で、簡単に片付けて良い問題ではけして無いんじゃないかな。