PR

ドラクエとソーシャルゲームの違いがわからない

 そもそも僕は、昔から日本型のRPGが好きじゃなかった。

 

 こつこつと街の周囲を歩き回って、ひたすらレベル上げ。

 レベル上げといえば聞こえはいいが、実際やってることはただのボタン連打だ。

 シナリオが自由に分岐できるわけでもない。

 あらかじめ用意されたレールを進めるために、ひたすらボタンをぽちぽち連打するだけのゲーム。

 それが僕の「ドラゴンクエストシリーズ」に対する印象だった。

 (しっかりやったことあるのは5までだから、それ以降に関してはわからない)

 

 一体これの何がそんなに面白いんだろう?

 どうしてみんなこれにはまるんだろう?

 小さい頃の僕は、いつもそう思っていた。

 

 あの頃の僕がとくに一番ショックを受けたのはドラクエ5だった。

 ドラクエ5の売りとはなんだったか?

 それは、ドラクエ史上初めて、「モンスターを仲間に出来る」という点だった。

 千差万別のモンスター達の中で、自分のお気に入りの仲間を見つけて、そいつらで自由にパーティー編成を組むことができる。

 当時の僕は、あまりに自由度の少ない日本型RPGに嫌になっていた少年だったので、この新システムを聞いたとき、凄まじくわくわくした。

 そしていざ買ってみたら、一気にガッカリした。

 ガッカリなんてもんじゃない。

 もう「絶望したっ!!」と大声で叫びたくなるレベルだった。

 

 何故か?

 答えは簡単だ。

 確かにモンスターは仲間にできるが、それぞれのモンスターごとに「上限レベル」が決まっていたからだ。

 だから実質的には、物語の後半までしっかりと連れていけるモンスターは、「上限レベルの高い」ごく一部のモンスターだけなのだ。

 最序盤からずっと一緒に戦って来た「クックルー」も「ドラゴンベビー」も、中盤にさしかかる頃には戦力不足となり、泣く泣くモンスター爺さんに預けることになった。

 僕はあのモンスター爺さんというシステムを、モンスター墓場と心の中で揶揄していた。

 

 何故、上限レベルなんて設定する必要があったのだろう?

 僕はこのウンコシステムに気付いた段階で、ドラクエ5を放棄した。

 もう遊ばなくなった。

 期待していたことの全てが裏切られた気分だったからだ。

 

 僕の弟は、もう少し頑張っていた。

 彼は、上限レベルわずか「15」の爆弾ベビー3体に、それぞれ名前をつけて愛着をもって育てていた。

 だから物語中盤、海の神殿くらいまでだったかな?

 頑張ってそいつらを引き連れて冒険を続けていた。

 

 できることはただただ「メガンテ」のみ。

 それだけやったら、すぐに他の仲間に交代。

 ザオリクで復活。

 無駄に手間もかかって、けして効率的な進め方ではない。

 それでも彼は、大好きな爆弾ベビー3体で、頑張ってそこまで進めていたんだ。

 

 ……僕は弟のそんな姿を見ていて、なんだか胸がつまる思いになった。

 

 なんなんだ?

 この日本型RPGってやつは?

 なんでそこで「上限レベル」なんてものを設定する必要があったんだよ。

 そんなの無くたって良かったじゃないか。

 「おぼえるわざ」を考えるのが面倒だったなら、後半は能力だけ上がるようにすればよかったじゃないか。

 

 だから日本型RPGは嫌いなんだ。

 いや、別に彼らも悪気があってやってるわけじゃないのかもしれないけどさ。

 でも、なんでそこまで、極限まで、自由度を削ろうとするんだよ。

 僕は日本型RPGのそういうところが大嫌いだった。

 

 僕はもっと自由にのびのびと遊びたかったんだよ。

 だからドラクエ5のキャッチコピーを聞いたとき、それがついに実現してくれると期待したんだよ。

 なのに、なんて裏切りだ。

 ……これ以後、僕は日本型RPGはほとんどやらなくなった。

 

 

 さて、そんな僕が

 今日の昼間、久々にドラゴンクエスト1をやった。

 スマートフォンアプリ版リリースに伴い、100万人まで無料ダウンロード?とかいうので話題になっていたからだ。

 ipadでダウンロードした。

 まぁ結論から言えば、やっぱりつまらなかった。

 大人になった今やってみれば、あの頃とは違う何かを得られるかと少しは期待したけれども、やっぱりダメだった。

 でも一つだけ、あの頃とは異なる感想を得られた。

 それは以下のようなものだ。

 

 ドラゴンクエストはソーシャルゲームに似ている。

 

 ソーシャルゲームというか、ソーシャルカードゲームのことね。

 

 ネット上では、ソーシャルゲームは大抵叩かれている。

 「あんなのにはまる奴の気が知れない」

 「パズドラの面白さがわからない」

 「画像データに課金するとかどうかしてる」

 なんて意見が溢れている。

 

 でもそんな彼らは、ドラゴンクエストをどう思うんだろう?

 僕にとってドラゴンクエストは、ソーシャルゲームと何も変わらないゲームだ。

 

 冒頭にも述べたが、「レベル上げといえば聞こえはいいが、実際やってることはただのボタン連打だ」からだ。

 もちろんドラクエには装備構成を考えたり、呪文を選んだり、謎解きをしたり、多少の考える要素はある。

 だがそれでも、ゲームプレイ時間の大半を占めているのは、ソーシャルゲームと同じボタンぽちぽち連打だ。

 

 また、ゲームそのものに自由度も無い。

 装備構成を考えられるといっても、実際にはお金が貯まるごとに上位互換の武器に取り替えて行くだけで、そこに「どの武器を選ぶか?」などの選択肢があるわけじゃない。

 どんなに戦術を工夫したところで、「どうのつるぎ」では「天空の剣に勝てないのだ。

 

 ストーリーにしたって、あらかじめ決められたシナリオを、決められた通りにこなしていくだけだ。

 そう考えるとドラゴンクエストには、自分で何かを選択したり、考えたりといったことがほとんど存在しないんだ。(嫁選びとかはあったけど、全体的に考えない要素の方が強いってことね)

 

 それって、ソーシャルゲームと何も変わらなくないかい?

 

 ドラクエにしろソーシャルゲームにしろ、戦術の幅が恐ろしく狭い。

 ドラクエ5では結局のところ、全てのモンスターの中から自由な編成なんて出来やしなかった。

 最大効率を目指そうと思ったら、スライムナイトかヘルバトラーしか選択肢は無いのだ。

 ソーシャルゲームも「自由なデッキ編成が可能」なんて唄っていても、結局は無料で手に入るカードは、課金で手に入るカードに勝てない。

 

 ドラクエにしろソーシャルゲームにしろ、どちらも戦略性に幅が全く無い。

 ある程度のところまで行くと、あとはみんな同じ構成になる。

 それしか選択肢が無くなる。

 なんて懐が狭い。

 なんてつまらない。

 

 やっぱりドラクエって、ソーシャルゲームと一緒じゃない?

 何も変わるところなくない?

 

 だがネット上をいくら調べてみても、ドラクエがそんな風に批判されている記事はほとんど見つからなかった。

 なんでだ。

 どうしてそうなるんだ。

 ソーシャルゲームを嫌う人々は、何故ドラクエを受け入れられるのだ。

 

 同じじゃないか?

 この両者は、ほとんど同じ類いの文化じゃないか?

 

 いやまぁ趣味の違いといわれればそれまでなんだけどね。

 でもなんか何かがどうしても納得がいかなくて、思いを形にしたくて仕方が無くなってしまって、このエントリーを投下してみた。

 ドラクエが好きで好きで仕方が無いという人がいたらごめんよ。

 

 最後に僕の好きなゲームのアフィリンクを貼って、この記事を締めようと思うよ。

 別に買ってくれ目当てというわけじゃなく、ドラクエやソーシャルゲームがここまで嫌いだと思う僕が、逆にどういうゲームなら好きなのかというのを理解してもらえたらと思って貼ってみるだけだよ。

 だから、そんなに穿った見方をしないでもらえたら嬉しいよ。

 

 自由度があって面白かった系 

The Elder Scrolls V : Skyrim 【CEROレーティング「Z」】

The Elder Scrolls V : Skyrim 【CEROレーティング「Z」】

 

 

ルナティックドーン 第三の書 廉価版

ルナティックドーン 第三の書 廉価版

 

 

 

 シナリオが重厚で面白かったので、ボタンぽちぽちでも許せた系 

アルティメット ヒッツ クロノ・トリガー

アルティメット ヒッツ クロノ・トリガー

 

 

幻想水滸伝I&II ベストセレクション

幻想水滸伝I&II ベストセレクション