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「人を不快にさせるのはいけないこと」という神話

 昨日、Twitterでこんなのつぶやいた。

 

 なんでこんなことつぶやいたかっていうのは、話すと長くなりそうなので割愛。

 とりあえず僕は、「人を不快にさせるのはいけないこと」という言葉が大嫌いだ。

 

 そもそも不快なんてのは、個々人の感性で大きく変わるものだし明確な基準があることじゃない。

 「人種差別主義者」は黒人を見るだけで不快になる。

 「老害」は最新の機械に、とくに意味も無く嫌悪感を感じる。

 「妬み深い非モテ」は街中でカップルを見るだけでも、Twitterで『リア充爆発しろ』と叫ばずにいられないほどのフラストレーションを抱くんだ。

 

 そんな奴らに、全て合わせることなんて無理でしょ?

 そもそもそんなの、合わせる必要も道理も無いでしょ?

 

 人を不快にさせれば、何でも悪いわけじゃない。

 それを不快に感じる側の精神に問題がある場合もあるんだ。

 

 だからといって、「回りに対して全く無配慮でもいい!」というわけではないけどね。

 ただそれにつけても、今の世でまことしやかに語られる「不快にさせる=悪いこと」みたいな理屈には、どうにも行き過ぎを感じるなぁ。