PR

サイレントマジョリティって言葉は卑怯だと思う

 昨日こんな記事を書いた。

 日韓関係とか日中関係とかって、もうぶっちゃけ面倒臭い - 大彗星ショッカーのヒマつぶし2

 

 そこにこんなブコメがきた。

 まあ、これがサイレントマジョリティーのつぶやき…

 

 これに関して思ったことをちょっとつらつらしてみる。

 

 サイレントマジョリティー

 それはとても都合のいい言葉だ。

 何故なら、そんなのは誰も証明することが出来ないから。

 

 確かに、あの記事を書いたとき、僕は「サイレントマジョリティー」という概念を意識しなかったわけではない。

 

 世の中の大多数にとっては、歴史認識問題だの領土問題だのもうどうでもいいだろうと。

 だけど熱くなってる人達の熱気がちょっとやばすぎるので、なんとなくみんな言い出せないだけだろうと。

 そういう思いがあったからこそ、僕はあの記事を書いた。

 

 だから、「サイレントマジョリティの意見を僕が代弁してやったんだい!!」という意識が、頭に完全に無かったかと言えばウソになる。

 でも僕は、あえてそういう表現は加えなかった。 

 自身の意見の正当性を、サイレントマジョリティに求めるのは、なんだか卑怯なことのような気がしたからだ。

 

 政治家の中には、自分の主張こそが「サイレントマジョリティの声だ」と高らかに断言してしまう人がいる。

 僕はこれをどうかと思う。

 こういう人には、インチキ宗教の教祖みたいなうさんくささを感じる。

 「これが神の声なんだー!」って言えばいいだけの、簡単なお仕事。

 そんなん証明のしようがないやん!

 好きなこと勝手に言えるやん!

 って思う。

 

 証明のしようが無いので、当然反論の方法も無い。

 最初から論戦することを避けているかのような、なんとも無責任な意見の述べ方だと思う。

 

 まぁ責任感なんて言い出したら、僕もわりとブログで思いつきで適当なこと言っちゃって後から謝罪することも多い人なので、そんな僕が言ってもあんまり説得力ががががががががががって感じかもしれないんだけどね。

 でもやっぱりこれは卑怯だよなぁ。

 

 というわけで、僕はサイレンとマジョリティという言葉があんまり好きじゃない。

 少なくとも、自分の意見の正当性の根拠とするには、幾ばくかの抵抗がある。

 

 そういう話でした。

 

 おしまい( `・ω・´)

 

(Where's)THE SILENT MAJORITY?

(Where's)THE SILENT MAJORITY?