PR

嫌いと悪いの区別がついていない人達。

 さっき道を歩いていたら、すみっこのほうにゲロがあった。

 きっとどこかの酔っぱらいがぶちまけていったのだろう。

 僕はこういうのを見ると、「やはりお酒とは有害な飲み物」だなぁといつも思う。

 世の中は酒好きな人のほうが多いから気付いていないみたいだけど、本来、お酒とは有害な飲み物なのだ。

 飲み過ぎれば健康を害するし、酔っぱらいは街中でケンカしたり器物破損することもある。

 アル中になってしまう人もいる。

 

 ……でもだからといって、僕はお酒を禁止すべきだとは思わない。

 

 何故なら、上記にあげた問題は全て「お酒の飲み方の問題」であって、「お酒そのものの問題」ではないからだ。

 健康を害するのも、酔っぱらいの犯罪行為を誘発するのも、中毒症状も、どれも飲み過ぎるからそうなっているだけであり、それを理由に「お酒そのものを禁止すべき」という根拠にはならない。

 

 運用によって回避できる害は、運用によって回避すればいいだけだ。

 何か問題があるからといって、安易に「それ自体を禁止すべき」と考えるのは、あまりに短絡的だ。

 

 僕はお酒が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで仕方がない人間だが、それでも「お酒なんてこの世から無くなってしまえー!」と思ったことは一度もない。

 何故なら、これが好きな人達がいることも知っているからだ。

 僕が嫌いだからといって、それを好きだと考える人達の気持ちを無視していいわけがない。

 そんなのは幼稚園児でもわかる簡単な理屈だ。

 

 しかし悲しいことに

 世の中には、こんな簡単な理屈がわかっていない人がたくさんいる。

 

 例えば、携帯電話の声がうるさいといって、電車での携帯電話利用を禁止しようとする人達。

 声がうるさい、着信音がうるさい、色々言うけれども、なんにせよそれは携帯電話そのものの問題じゃない。

 マナーモードにして小声で話すようにすれば解決する問題だ。

 それなのに、何故「使用すること自体を禁じようとするのか。

 

 それから、タバコを世界から撲滅しようとしてる人達。

 いやいや例え副流煙だのなんだのと問題があったとしても、それは分煙によっていくらでも解決できることじゃないか。

 何故、タバコそのものの存在を否定するのか。

 何故、タバコそのものを撲滅しようとするのか。

 タバコを愛している人達もいるということを、どうして考慮してあげることが出来ないのか。

 

 携帯電話にしろタバコにしろ、運用方法の工夫で充分に回避できる問題ばかりなのに、彼らはそういうことを微塵も考えない。

 ただただ、

 「消滅せよ!!」

 「消滅せよ!!」

 と感情的な叫びを続ける。

 

 なんたる身勝手か。

 なんたる独善か。

 こういう人達を見ていると、なんだか悲しくなる。

 もっとみんなが仲良く暮らせるように、配慮し合えばいいのになぁ。

 

 自分にとって「嫌い」だからといって、それを安易に「悪い」と断じてしまう人達。

 そういう人達こそが、この世界を生きづらくしている、本当の悪だと思う。