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教師ほど無責任な人種はいない

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 こんなニュースを読んだ。

 ボードゲーム、教室に続々 昔は禁止、いま教材に:朝日新聞デジタル

 盤上のコマを動かしたりカードを引いたりして楽しむボードゲームの教育効果が注目されている。元々、学校に持ってきてはいけないものだったが、子どもの論理的思考力だけでなく、社会性を高める教材としても有用だとして、導入する学校が増えている。

 

 小さい頃、僕はボードゲームが好きな子供だった。

 だからそれを学校に持っていこうとした。

 すると先生が「ダメ」と言った。

 何故なら、「学校は勉強をする場だから」だそうだ。

 僕は意味がわからなかった。

 だったら先生だって、仕事に関係のない雑誌を持って来て読んでいるじゃないか?

 世の中の大人達だって、仕事に関係のあるものだけを持って会社に行っているわけじゃない。

 どうして学生だけが、「勉強に関係ないものを持ってきてはいけない」なんてのを求められなければいけないんだ?

 またそもそも、そんなルールを設けることに何の意味があるんだ?

 ……と思った。

 

 でも当時の僕はまだ小学生だったので、教師の全く理屈になっていない理屈にうまく反論することが出来ず、僕は泣く泣くボードゲームを学校に持っていくことを諦めた。

 それが今や、立派な教育教材だそうだ。

 あぁ、なんて苛々するニュースだろう。

 

 話は変わるけど

 僕が中学生のころ、僕の学校の先生は電子辞書を禁止していた。

 何故なら、「紙の辞書のほうが覚えが良いからだそうだ。

 でもそれから数年が経って、僕が高校生くらいになった頃、僕の弟が同じ学校の先生にこう言われたそうだ。

 「皆さん、電子辞書を買ってきてください。電子辞書のほうが紙の辞書よりも早く引けるので、勉強効率が上がります」

 僕はこの話を聞いたときも、強い怒りを感じた。

 苛立を感じた。

 

 教師という人種は

 時代が変わればコロリと意見を変える。

 言うことを変える。

 彼らが子供達に無理矢理守らせている「秩序」なんて、所詮その程度の「薄っぺらいものなんだ。

 

 現代の教師達は

 「髪を染めてはいけない」

 「携帯電話を持ってきてはいけない」

 「携帯ゲーム機を持ってきてはいけない」

 なんてことを学生達に求めているそうだけれども、それだってあと10年もすれば、ころりと意見を変えているだろう。

 で、意見を変えてくれるのはいいんだが、その際に彼らは、過去の自分達の言動について責任をとらない。

 僕にはそこがどうしても許せない。

 

 「ボードゲームダメ!!」

 と言っていた教師が、十年経って

 「やはり考え直しました!!」

 と言うのであれば、まずは僕のところに謝罪に来るのがスジだろう。

 さっきの電子辞書の件だってそうだ。

 

 彼らは、少なくとも過去の時代、「それはダメ!」と主張し、当時の子供達の自由を奪っていたのだ。

 意見を変えたなら、過去に主張していた「間違っていた正義」に対して、まずは責任をとれよと思う。

 責任もとらず、何を平然とのうのうと暮らしているんだ?

 彼らのそういう無責任な態度が、僕には理解できない。

 

 教師が学生に求めることは、いつもいつも薄っぺらい。

 だけどその薄っぺらさを指摘すると、彼らはいつも

 「屁理屈だ!」とか

 「いいから黙って言うことを聞け!」

 等と言って、まともに向き合おうとしない。

 自分達の薄っぺらさに気付こうとしない。

 

 だから僕は、教師という人種が嫌いで嫌いで仕方が無い。

 あんなやつらは滅びればいいくらいに、わりと本気で思ってしまう時もある。

 いつもというわけではないけど。

 あぁとにかく教師うぜえ、学校うぜえええ。