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「社会」のルールとかマナーって一体誰の得になってんだろ

 少し前の記事なんだけど、これ読んだ。

 

 「ゆとり世代」に気づいて欲しいこと

 ライフネットの新卒採用企画で、入社1、2年目のいわゆる「ゆとり世代」20名と対話をした。

 彼らとの対話で感じたのは、彼らが

・ 社会は機能性・合理性だけではなく、一定のプロトコール・規範のもとで動いていること

・ 自分とは違う世界観をもった人たちがたくさんいて、一つの正解があるわけではないこと

・ いい仕事をするため、自分のやりたいことを実現するためには、その共通言語に沿ったコミュニケーションが不可欠となること

 に、必ずしも気がついていないということだ。

 

 確かに、機能性だけを考えたら、スーツなんて着る必要はないかもしれない

 ビーサンで通勤したっていいかもしれない。飲み会でお酌なんてする必要ないかも知れない。

 でも、そんなちょっとしたことで、他者にマイナスの印象をもたれたら「損」だよね。とくに、仕事の実績がまだ明確にならない、若いうちは。

 

 うーん。

 とっても共感できない。

 でも、こういうこと言う大人って多いよね。

 僕は学生の頃、こういう大人達に全く共感できなかった。

 そして自分自身が大人になった今、改めて考えてみると、やっぱり全然納得できない。

 合理的に考えた結果おかしいと思うなら、それはやっぱりおかしいんじゃないかな。

 なんで「合理的に考えておかしいこと」を、おかしいと思わないような人達に合わせなければいけないんだろう。

 ……って思っちゃう。

 

 続いてこんなのも読んだ。

 食事中や目上の人の前で「帽子を取る」のはマナー?意味がわかりません : イケハヤ書店

 で、そういう生活をしていてふと思い出したのが「食事中や、目上の人の前では帽子を取るのがマナー」というよくわからない慣習が、そういえば存在していたこと。

 ぼくの大学時代も、学生が帽子をかぶって講義を受けているとぶちぎれる教授がいらっしゃいました。なんてカロリーの無駄遣いなんだ…。

 ぼくはまったく気にしないし、「マナーがなってない」とされる理由もよくわかりません。そもそも起源はどこにあるんでしょうね?

 冒頭に出した「帽子をかぶるとぶちぎれる教授」には余談があって、彼が「帽子を取れ!」と糾弾したとある女子生徒は、病気の治療だか生まれつきだかで、髪が薄いことをコンプレックスにしていたそうで、泣きながら退出していきました。マンガみたいですな話ですが、実話です。心の傷になっていないといいですが…もちろんその女子生徒は、そのあと授業に出席することはありませんでした。

 

 こちらはとっても共感できた。

 僕も帽子なんてどうでもいいし、それをとられなかったからといって何も思わん。

 そもそも、それがマナーになっている意味もようわからん。

 帽子とられなかったからって、誰かが怪我でもするのか、死ぬのか、肺がんにでもなるのか、心臓ペースメーカーに悪影響でも与えるのか。

 ……ならないじゃん。

 別に誰にも迷惑かからないじゃん。

 だったらそんなの自由でいいじゃん、どっちでもいいじゃん。

 って思う。

 

 合理的な判断よりも、非合理的な感情が優先される社会

 それって一体、誰のためなんだろう。

 誰にとって、得になっているんだろう。

 そりゃ商売としてはそちらのほうが無難なのかもしれないけど、それによって多くの労働者が「非合理的な何か」を押し付けられる。

 それで、苦しい思いをする。

 炎天下の夏の日でも無駄にスーツを着させられたり、嫌いな上司にお酌をしなきゃいけなかったり、隠したい病気を隠させてもらえなかったり。

 誰もがそれを「嫌だ」「苦しい」と思っているのに、それでもみんなその状況を「仕方ない」で済ませてしまっている。

 それが大人だから?

 社会人だから?

 常識だから?

 全然、意味わかんない。

 

 そういえば、モンテスキューさんはこんなこと言ってたよ。

 私たちは三つの教育を受ける。一つは両親から。もう一つは校長から。

 そして残りの一つは社会から教えられる。

 そして、この三番目は、初めの二つの教えにすべて矛盾するものである。 

 

 僕はこの三番目の教え、「社会」という先生から教わった教えのほとんど全てに納得ができなかったので、ついに今、フリーランスという名の半ニートになってしまった。

 でも、それで良かったと思ってる。

 今、すごく良かったと思ってる。

 少なくとも昔のように変なストレスが溜まることは無くなったので、精神は安定したね。

 それに伴って健康状態も良くなったね。

 表情も若くなったと言われたね。

 今、毎日がとても楽しいよ。

 すごくイキイキと、生きれているよ。

 そう考えると、やっぱりあの頃の「普通の社会人」っていう生き方は、何かが歪んでたんじゃないかなぁと思う。

 

日本のルールは間違いだらけ (講談社現代新書)

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 そんな僕なので、こういう「誰の得にもならない」どころか「人を苦しめるだけのルールやマナーは、やっぱり「さっさと無くなれ」と思ってしまうのが正直なところ。

 実際、こういうルールやマナーがあって得する人なんて、誰もいなくない?

 どこにいるの?

 商売としてはそういうのを守ってた方がどんな顧客にも嫌われる可能性が減って無難なのかもしれないけど、そんな顧客達だって普段はどこかで労働者をしているわけなんだから、結局これは日本国民みんなで互いに首を絞め合っているだけなんじゃないかなぁ。

 そう考えると、こういう非合理なルールやマナーがあることで「得する人達」ってのがどこにいるんだか、僕にはさっぱり想像がつかんよ。

 首を絞め合うことで成立している秩序って、なんだか悲しくないかそれは。